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いのちの博物館だより

2021.06.18

令和3年度『獣医学概論(獣医学科1年)』のレポート 名誉学芸員 高槻 成紀

はじめに

 獣医学科の1学年に対して行われる「獣医学概論」において「麻布大学いのちの博物館設立の経緯と新入生に伝えたいこと」という文章を読んでもらい、その感想を提出してもらいました。この文章では6年前に開設した本館ができるまでの経緯や、展示の考え方、展示の中で紹介した東京大空襲での学舎の焼失とその後の本学の苦難、それに対する教官の献身的努力や卒業生の貢献を紹介しました。学生から寄せられた感想の中から、自分の言葉で論理的に書かれた優れた文章を選んで、本人の了解を得て、無記名で紹介します。

高槻 成紀

1.
 麻布大学いのちの博物館、ひとつの博物館を作るにあたっての熱量や関係者方々の尽力に感銘を受けた。また、特にお話の中で出てきたロードキル展について興味を持った。ロードキル展は交通事故で死んだ動物の死体をもらい受けて、胃内容物を分析し、頭骨標本を作成する。しかし分類学的な意味での標本としては価値が低い。面白いのは、分類学や形態学のための完璧なタヌキの頭骨ではなくて、交通事故という現象を記録している標本群として標本され、交通事故にあった動物の頭骨が来館者の目に入ることである。そのような頭骨を私たちは普段であれば想像できないだろう。100を上回る頭骨が展示される。先生がおっしゃるように、壮観であったであろう。交通事故でどのように破損しているか、私たちは想像できるか。なかなかそんな頭骨を見る機会は少ないと思う。骨格標本でもよく見ると一体一体微妙に違うが、ロードキル展で展示される頭骨はもちろんそれぞれが違う事故で亡くなっているため、全てが違う破損の仕方である。見た人は「こんなに犠牲になっている野生動物がいるのか」という感想を持った、と書かれている。展示をすることで見た人が野生動物の犠牲になった量の多さに驚き、展示内容の意味が伝わったとするならば、それほどいい博物館はないと思う。交通事故で亡くなった動物たちも、普段なら交通事故後は誰にも見られずに終 わるだろう。しかしそのような動物たちは、ロードキル展で展示されることによって、その後ずっと博物館の中で生き、そして来館者の心の中で生き続ける。生物に興味を持つものや、学生の心の中で生き続けるのである。
 また、展示を開催するにあたって展示室のレイアウト、内壁、何をどう配列するか、展示の解説文、標本について解説を書くための情報の仕込み、消化、全てを5ヶ月で行うことは容易ではないし、そこまでしようとするとかなりの労力がかかると思う。1日10時間の作業。私はひとつのことに取り組むにしても、一日10時間の作業は受験勉強ぐらいでしかかけたことがない。私も高校時代に文化祭の展示物をクラスで作り、並べ、説明し、ということをした際に委員長をしたが、案を出し、クラスで話し合い、実際に取り掛かり、問題を見つけ、解決し、と完成まで何段階もふみ、やっと完成。それだけでもかなり大変だった記憶がある。「展示内容は全面的に責任がある」。先生がそうおっしゃった言葉の重さが重かった。いくら5ヶ月しかないと言っても来館者にそんなことは関係ない。来館者には自分の思うような完成された展示を見てもらいたいし、せっかく展示するなら準備された最高の状態で見せたい。ひとつの博物館を完成させることにどれぐらいの体力と精神力が必要になったかということは想像を絶する。
 本当に熱心に取り組まれたのだろうというのがとても伝わったし、それは同じように展示にもあらわれているのではないかと思い、ロードキル展のことも考え、無性に行きたくなった。残念ながらまだ入学したばかりなこともあり、行けてはいない。しかし是非とも麻布大学いのちの博物館に足を運びたいと感じた。

2.
 今回の獣医学概論の担当が高槻先生だと知ったとき、私はとても嬉しかった。なぜなら、私は高槻先生の本を過去に読んだことがあるからだ。読んだ本は、『動物を守りたい君へ』と『野生動物と共存できるか』の2冊だ。入試対策の一環として図書館で本を読み漁っていたときにこの2冊に出会った。入試対策といえども、元々自分の関心のある分野の内容であったため、意欲的に読むことができた。この期間には10冊以上の本を読んだが、その中でも印象に残っているのはやはり高槻先生の2冊だ。高槻先生が麻布大学の教員をされていたことは知っていたが既に退職をされていたため、もう関わることができないと思っていた。しかし、今回のように文章の感想文を先生に読んでいただけるということになり、とても光栄に思っている。
 私は今まで博物館にはあまり興味がなかった。だがこの文章を読み、博物館に行ってみたいと思った。例に挙げられた「動物の手と足」展と「ロードキル」展は、名前だけで惹きつけられた。特に「ロードキル」展は非常に気になった。私は野生動物と人間の共生に関心があり、どうすれば野生動物問題を解決することができるのかということをよく考えている。私の実家は動物病院であり、県から野生動物の治療を委託されている。連れてこられる野生動物の中には交通事故でけがをした動物もいる。野生動物が車の走る道路に出てくるのは、人間と野生動物の棲み分けができていないからである。幼い頃から理不尽に生活場所を奪われていく野生動物を見てきた。そんな中、高槻先生の『動物を守りたい君へ』 を読み、人間と野生動物の共生のヒントを得ることができた。本を読み、心に残った文をメモしているため、ここに挙げさせてもらう。それは序章にあった、「けがをした動物を治してあげようという心はとても尊いことだけど、実際の野生動物の一生を知れば、それで問題が解決するとは言えないことがわかると思う。本当に大切なことは、事故にあった動物を治すことでなく、動物が自然の営みの中で一生を終わることができるように、事故が起きないようにしてあげることだと思うんだ。」という文である。この文を読み、私の考え方は変わった。それまでは獣医師の仕事はけがや病気をした動物を治療することで、それ以上でもそれ以下でもないと考えていた。しかしこの文を読み、獣医師として以前に豊かな暮らしを手にした人間として、野生動物の事故を防ぐことが大切だということが分かった。だが、人間と野生動物が共生できる社会を一人で作ることは非常に困難である。そんなときに「ロードキル」展のような展示はとても有効である。名前がキャッチーで幅広い世代が興味を持ちやすい。展示で悲惨な現状を伝えることで、大勢の人が問題解決に動き出してくれるかもしれない。メッセージ性のある展示とは、こういうことだろう。これからは少しでも興味を持ったら、展示のメッセージを受け取るためにも積極的に博物館に足を運んでみようと思う。
 以前は博物館にあまり興味がなかったと書いたが、麻布大学いのちの博物館には高校生のときにオープンキャンパスで入ったことがある。人が多くじっくりと見ることはできなかったが、血管や気管支に樹脂を流して作った模型や小さい犬の骨、大きい象の骨などが展示されていたことは覚えている。恥ずかしながら、この博物館の設立に高槻先生がご尽力されていたということは知らなかった。麻布の獣医学生となった今、もう一度麻布大学いのちの博物館に足を運び、一つ一つの展示をじっくりと見に行こうと思う。
 博物館もそうだが、大学も多くの方々の多大なる努力の上に成り立っているということを改めて知ることができ、本当に良かった。このことを知らなければ、私は何も考えずにのうのうと6年間を過ごしていたかもしれない。私も誇りを持って麻布大学に貢献できるような、素晴らしい卒業生になりたい。

3.
 私は動物の骨の標本を実際に見たことはないが骨の特徴から様々なことを知ることができるとわかりました。動物ごとの生活のちがいなどによって骨が違い、それぞれの動物が生活できるようになっているとわかり、これから学ぶ獣医比較解剖などでもなぜこの動物はこのような骨になっているのかを考えて勉強したら覚えやすくなるだろうと思いました。資料にあった展示の写真では、様々な動物の骨を前肢、後肢、大腿骨に分けてそれぞれを同じショーケースに入れることで動物ごとの骨の形、大きさの違いが分かりやすくなっており、とても見やすくなっていると思いました。また、コウモリの標本では翼の部分の細い骨まで展示されていてどのように骨を取り出し、展示したのか疑問に思いました。また、ネズミの骨からゾウの骨まで展示されていて、特にゾウの骨はとても太く大きかったのでとても迫力がありました。
 私は、この授業で初めてロードキル展を知りました。基本的に展示というからには完ぺきな状態の標本が展示されると思っていたので事故にあった動物では骨が壊れていたりして展示できないのではないかと思っていました。ですが、あえてロードキルされた動物たちの骨の標本を展示することで動物たちの事故の悲惨さや動物の命の大切さを展示を見に来た人達に伝えることができるのだと思いました。また、こんなに多くの動物たちがロードキルによって殺されているのだという現在の状況を知ることができると思います。私たちにとって暮らしやすい環境を整えるためにモータリゼーションなどが進んでいますが、野生動物たちにとっては生活環境を壊された上に殺されるという状況にあります。人間が暮らしやすい環境のみを追求していくのではなく野生動物たちと共生していけるような環境を追求できるように努力していく必要があると思いました。私は、小学生のころ自由研究で昆虫の標本を何度か作ったことがあります。標本を作るときはトンボの羽などが破損していたら標本にできずとても丁寧に扱わなくてはならず大変だった記憶があります。また、提出して帰ってきてから家で保存しておくときになぜかボロボロになったりして保存がとても大変でした。その経験から骨の標本を何十年間も保存していてすごいなと思いました。海外では標本を作る過程の展示もされているとのことでそれもぜひ麻布大学でもやってもらいたいなと思いました。標本を作る過程を知ることでより深く骨の形を学べるのではないかと思いました。また、高校生が実際に骨をみて学ぶ写真を見て自分たちも早く学年を上げもっと動物たちと触れ合うような実習を受けたいなと思いました。講義を受けるだけでなく実際に動物と触れ合いながら獣医学について学ぶほうが記憶にも残りやすいし、将来のビジョンが湧きやすくなると思ったからです。実際にこの前産業動物臨床基礎実習を受けましたが実際に牛と触れ合うことで将来牛にかかわる仕事に就きたいと思った生徒もいると思います。また、たまたまその時に馬が手術を受けていて、馬を手術するときにはぶら下げて手術台に持っていくのかと初めて知りました。また、高校性のもし〇〇だったらの感想文は動物の立場に立って考えることでより動物たちに寄り添った考え方を持つようになり、動物たちとの共生につながると思いました。私はこの講義を受けより動物たちについてもっと学び立派な獣医師になりたいと思いました。

4.
 私は高校生の時、高槻先生が書かれた本をたまたま手に取って何冊か読んだことがあります。その当時の私は、動物がかわいいから、好きだからという漠然とした理由で獣医師を目指そうと考えていました。しかし、それらの本に出会ってから動物を守るということがどういうことであるのか、怪我や病気をした動物たちの治療をすることだけが本当の意味での動物を守ることではなく、なぜその動物たちは怪我をしたのかを考えることが本当の意味での動物を守ることに繋がるのだと、自分の中で深く考えるようになりました。今回の講義では、以 前読んだ本の内容とはまた違った視点で書かれており、獣医学生となった今、もう一度動物と人について考え直す機会になりました。
 私がこの講義で一番印象に残ったことは、博物館の存在や資料の展示が一般の方への情報提供となり、地域との連携も生まれ、動物を守る環境づくりの一つの架け橋になるということです。小学生や中学生の頃、何度か様々な博物館に訪れたことがありますが、博物館の存在や展示会がこんなにも大きな意味を持つものだとは思ってもいませんでした。たしかに、博物館などで標本などの展示がされていなければ、一般の方は資料を見る機会がありません。そして、今世の中ではどんな問題が起きているのか、実物を見て知る機会も少ないと思います。中でも、講義の中でお話しされていた「ロードキル展」と「フクロウが運んできたもの」は、私の中で強く印象に残りました。「ロードキル展」では、事故に遭った動物たちの頭蓋骨の展示をするなど、実物を見ることで、訪れた方々に強くメッセージを伝えられるのだということ、聞くより見る方がより心に伝わりやすいのだと思いました。それに加え、展示の資料集めを市の方々との協力で行い、実際私たちが住んでいる町をテーマに行ったことは、より地域の方々に影響を与えることになったのだろうと思います。「フクロウが運んできたもの」は、高校生と高大連携行事として取り組むことで、大学がより地域に受け入れられる場となること、これからを背負っていく世代に今起こっている問題を一人でも多く実感してもらうことは、問題の解決に繋がっていくと思いました。
 今回の講義で、獣医師や生物に関わる専門家だけが動物を守ろうと様々な研究をするのではなく、それを社会に還元し、一般の方々にも知ってもらうことが大切なのだと改めて気づかされました。
 そして情報を社会に還元していくことは、一般の方からすると身近ではない野生動物などの生態系に関することだけではなく、動物に関する様々なことに当てはまるのだと思います。私は高校1年生の時に大阪北部地震と台風18号を経験し、家が避難区域に入ったため実際に避難準備をしました。運が良く避難には至りませんでしたが、私の家では犬を飼っているので、もし避難して家から離れなくてはならなくなった時のペットの行き場がないことに不安になりました。私の近所の避難場所や市のホームページを見てもペットの同行避難に関する情報がほとんどなく、動物と人との命の格差を身をもって実感した出来事でした。それ以降、私は災害時のペットの同行避難に興味を持ち、日本の制度について調べました。すると、災害時の動物の避難に関しては、東日本大震災の時に一度大きな問題となっており、環境省が「災害時におけるペットの救護対策ガイドライン」という冊子を作成していることを初めて知りました。ですが、実際は各自治体にほとんどを任されており、現実として同行避難に関する環境が整っているところは数多くありません。また、アメリカなどの海外ではシェルター・メディスンという新しい学術分野が研究されていますが、日本は遅れています。この問題を解決するためには、より多くの人に問題を知ってもらうことが一つの解決策になると私は考えます。私のように、避難するとなってから動物たちの行き場がないことに飼い主が気づくのでは遅いです。また、多くの人がこの問題を知って、地域全体で環境づくりをしていくことが重要だと思っています。
 そこで、より多くの人に現実を知ってもらうために、展示をすることが一つの方法なのではないかとこの講義を受けて思いました。これまで、動物病院で働く獣医師が、飼い主に直接指導をしたり自治体の方と話し合ったりという解決策は思いついていたのですが、動物を飼っていない人にもどうにかこの事実を知ってもらえる場はないのかと考えていました。インターネットで調べると、この問題を多くの人に知ってもらおうと、動物たちの弱った様子を写真としてとらえて発信している方がいます。東日本大震災の被害を伝える資料館などで、こういった動物たちの写真も展示することは、より多くの人に伝えられる場になると思いました。災害時の動物の避難に関することだけでなく、今の世の中には動物がつらい思いをしている問題が数多くあると思います。それらを社会に発信していく場としても、展示は有効な方法だと感じました。
 また、麻布大学は、歴史が長くたくさんの先輩方の支えを受けて今の私たちが獣医学を学べていること、卒業された先輩方だけでなく、高槻先生をはじめとする多くの方々のご尽力の上で成り立っていることを、改めて知ることができました。たくさんの方々の支えを忘れず、これから動物と人のために全力を注げる獣医師となれるよう頑張っていきたいです。

5.
 高槻先生の講義を読んでまず私が思い至ったことは、私自身の動物・獣医学に対する経験の浅さと解像度の低さであった。私の子供時代にはもう自然と触れ合って遊ぶということはほとんどなく、また私も衛星都市に住んでいたこともあってそういった発想自体がほぼなかった。しかしその中でも親に連れられて行ったOxford University Museumは比較的鮮明に覚えている。私は昔から絵を描くということが好みであり、フクロウやイタチをスケッチした紙が今でも実家の机の引き出しに入っている。しかしそういった経験も散発的なものであり、しっかりと線を結んだ記憶ではないのだ。小学生の時分はさまざまな分野に興味を持ったりしたし、学術的一貫性を持ったことはなかった。高槻先生の文章には麻布大学いのちの博物館の経緯と、麻布大学全体の歴史が書かれている。その中でも、『展示にはメッセージ、つまりその標本によって何を伝えるのかが必要である』、『動物のおもしろさを伝える』というのは非常に大事だと思った。見る側はあくまで専門知識がない人々が大半であり、そういった人たちにも何か響くものがあるとよい。私も子供のころにそういったものを見つけられていたらもっと動物に対する知見が深まっていたかもしれない。
 しかし逆に言えば私は事前情報がほぼないまま本学に入ることとなった。それが逆にいいのかもしれないとも思っている。
 私と動物との接点は、上に書いた博物館の経験と去年まで飼っていたハムスターだけである。獣医学に関して言えばさらに限られて、そのハムスターを町医者に連れて行った5回程度だ。ほぼ毎日入ってくる科学的知見はもちろんのこと、獣医学概論という"獣医学全体の解像度を上げる"学問は大変興味深い。麻布大学には5つの学科があり、また獣医学科では5つの系を学び修める。整理されたシステムの道筋には実利や学問上だけでなく、歴史が絡み合い、きれいな紋様を織りなしている。今回さらに、私は博物館に関する知見を得た。これもまた、私の中では埋もれていた世界だ。
 まだ私は将来どの分野に進むか決めかねている。未だ情報の薄い中では小動物臨床、産業動物分野のイメージしか明確でないが、その二つに進むとも限らない。自らがしたいことというのは勿論大事だが、現実的な話、生活スタイルや収入の話も無視しがたい。ゆえに私が本学にて達成しなければならない目標は、どの分野にも行けるよう広い知識と知見の獲得、それを基とした職業選択、そしてその目標職業に必要になるだろう追加スキルの獲得の3つになる。とくに大学生活で時間があるのは1,2年度に限るだろうと思うので、早めに3つ目の目標も視野に入れて動き始めたいと考えている。具体的には数学、プログラミング言語学習も必要になってくると睨んでいる。そのためには早めに1つ目と2つ目の目標達成に到達する道筋を安定化したいのだ。
 手始めにまずは、この休みが終わったら麻布大学いのちの博物館をのぞいてみようと思う。

6.
 麻布大学に博物館ができる以前は標本が多数置いてあるだけのところであった。歴史的もしくは文化的に価値のあるものが何の説明もなしに展示されているだけではそれを見る人の心に特別な感情を持たせることはほとんどできないように思える。それに伴って記憶に残ることも難しくなる。
 私は中学2年生の時に広島へ修学旅行に行ったが、このとき原爆にまつわる多くの資料館や博物館を訪れた。その行く先々で案内人が資料に関して書いてある文献以上に細かく説明したり、当時をよく知る人に状況についても丁寧に教えてもらった。私は展示されていた当時を物語る資料にももちろん目を奪われたが、それについての説明や人の口から語られる物事によってさらにその展示品に関する思いが深くなったことをはっきりと覚えている。仮に高槻先生が交通事故にあったタヌキの標本を何の説明もなしに展示したならば、それは見る側からすればただ破損したタヌキの頭蓋骨でしかない。そこに説明があるからこそ見る人に事故によって破損したのだと認識されて、被害にあったタヌキが多くいるという思いを抱かせることができるように思う。
 熱中しすぎることはときに身体を壊してしまうきっかけとなってしまう。高槻元教授はこれに対して取り組む時間を自制することで体調の管理を行っていたが、私はこのことに関して苦い思い出がある。
 小学生のころ、兄の影響でスーパーファミコンを媒体としたゲームに多く時間を使っていた。その中でもドラゴンクエスト、そしてマリオブラザーズをよく祖母と共に遊んでいた。とても熱中してしまい、幼いということもあったので時間的に自制ができずとても長い時間連続してゲームをしてしまっていた。これによって私は何度も体調を崩したり生活リズムを崩したりしたので、早い段階で一つの物事に対して熱中しすぎることの危険性を知ることができた。しかし、これは世界史を学んだ時に知った諺であるが『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』というものがある。経験だけでなく他者の経験談やすでに明らかとなっている歴史について学ぶことは己の体を守るためにも大切であると感じた。
 高槻元教授のスライドを通じて博物館を設立することの難しさ、そしてなぜ設立するに至ったのかを知ることができた。展示の仕方一つについても細かく閲覧者側の見方を考慮するなど、多くの作業があることや何を伝えたいかという考えによってもコンセプトが変わってくるのでこれから博物館に行くときの見方が大きく変わったように思う。今まではそこに展示されたものに関する歴史や文化的価値に対する観点から展示物を見ようと考えていたが、このスライドを読み終えてからは今までの観点に加えてその博物館で展示されたものは誰がどのような意図でそこに置かれたものを展示しているのかを考えたいと思った。それによってどのようなメッセージが裏に隠されているのかを考えることができる。
 また麻布大学いのちの博物館にはまだ足を踏み入れたことがないので、コロナ禍が収まり次第この素晴らしい博物館に行ってみたいと思った。さらに友人と共にその博物館を通じてどのようなメッセージが込められているのか共有しあいたいと思った。

7.
1,はじめに
 麻布大学には「麻布大学いのちの博物館」と呼ばれる博物館がある。私は大学のオープンキャンパスにて、この博物館に訪れたことを鮮明に覚えている。そもそも大学内に博物館があること自体に驚いたが、展示物のひとつひとつがとても印象に残っている。
 今回高槻教授の「麻布大学いのちの博物館設立の経緯と新入生に伝えたいこと」という講義を受講して感じたことを記す。
2,感想
 高槻教授の講義文を読んで感じたことは三つある。
 一つ目は、展示することで見る人にメッセージを残したいという思いである。私も実際に、麻布大学とは別の獣医大学にある博物館を訪れたことがある。獣医大学なので展示されている標本などにあまり違いはないが、展示物から伝わってくるものの強さが全く異なっていた。麻布大学の博物館は展示の仕方だけではない。その場の雰囲気、全てが見る人にメッセージを残す展示だったことを覚えている。
 また高槻教授が過去に「交通事故という現象を記録する標本群」という名前で展示を行ったことに大変興味を持った。人間側から見ると「動物にぶつかってしまった」ということだけで片付けられてしまう。しかし実際に事故に遭った動物の標本を見たりすると、それだけでは終わらせられないということがわかる。 私も高槻教授の講義文にもある通り「こんなに犠牲になっている野生動物がいるのか」という感想を持つと思う。それと同時にこの展示品は、これから先同じようなことが起こらないために、どうしたらいいのかということについて考える機会をも与えるのではないかと思う。
 二つ目は、麻布大学に博物館を開館したいという思いである。当時は博物館を作ることへの意義や博物館とはどういったことを行うのかを、説明しなければならなかったという文を受けると大変な仕事だったのだろうと思う。高槻教授は講義文の中で「展示室のレイアウトや内壁の色も考えなくてはならなかった。」 とある。これを読んで高槻教授はメッセージ性のある展示を目指し、私が感じた展示品を含めた展示会場の空間もやはり大事だと思った。高槻教授がおこなった展示品の解説や情報集め、展示物のレイアウトなど多くの協力してくださった人々がいたからこそ今の博物館があるのだと実感した。
 三つ目は麻布大学設立の経緯についてである。麻布獣医科大学は戦争による被害を受けてなくなってしまった。再建のために同窓生から資金を募り、同窓生は「母校のためなら」と言ったそうである。そして返してもらうつもりはないと。私はこれを読んで先輩方の母校を思う心、そして将来に入学してくる後輩を思う心に感動した。戦後、自らの生活もままならない状況下で、大学再建に支援してくださった先輩方に感謝の気持ちでいっぱいになる。そして私はそのような大学に入学できたことを誇りに思う。
3,おわりに
 この講義を通して私は、麻布大学いのちの博物館の開館および麻布大学の歴史について深く知ることができた。私が通う現在の麻布大学は、本当に多くの人に支えられていると感じた。支えてくださっている方々に感謝の気持ちを忘れず、麻布大学の名に恥じぬようこれから一生懸命に勉強し、6年間の大学生活を送っていきたいと思う。

8.
 麻布大学いのちの博物館は、大学の創立125周年を記念し2017年に設立された。そこでは、標本や大学の歴史などの展示を見ることが出来る。麻布大学に入学した学生は、実際の研究の内容を知ることが出来たり、ハンズオンコーナーにて講義で学んだことを確認出来たり、と有効活用できる施設である。また、オープンキャンパス等で外部の方々に公開する時には、動物のことと大学のことを詳しく知ることが出来、今後の動物の見方などが変わるきっかけや麻布大学への入学を考えるきっかけとなるはずだ。今回の講義では、様々な研究や展示に関わってきた高槻先生がこの麻布大学いのちの博物館の設立にどのように携わってきたのかを学んだ。以下では私が実際に麻布大学いのちの博物館を訪れた際に感じたことと共に今回学んでことを記す。
 私が初めていのちの博物館に訪れたのは、麻布大学のオープンキャンパスの時だった。それまで、何か疑問や考えを持ちながら博物館を回るということがなかったが、このいのちの博物館では初めて興味をもって、疑問を持ちながら自分から展示品を見学することが出来た。そこで、私は本当に動物が好きで獣医の道に進みたいのだと改めて気づくことが出来た。特に、ハンズオンコーナーでは本物の骨を触ることが出来、それもただ触るのではなく説明を聞きながら触ったのが印象に残っている。ただ見るだけでは気が付けない細かいところも、解説をしてくださる学生さんがいらっしゃったので、新しいことをたくさん学ぶことが出来た。展示を見ながら持った疑問も聞くと知っていることを共有してくださったことも覚えている。説明をしてくださったのが学生さんだったと分かったときは、動物の骨格について人に説明できるくらい理解を深めていることにとても感銘を受けた。実際にどの動物の骨を観察したかは覚えていないが、受験生の時はこの学生さんのように動物に深く関わりながら勉強をしていきたいと思い麻布大学の獣医学部の受験を視野に入れた。そして、実際にいのちの博物館がある麻布大学に入学することが出来た。しかし、新型コロナウイルスの影響等もあり、博物館には足を運べていない。ただ骨や資料を展示するのではなく、他の動物と比較したり、同じ動物でも完全な形の骨と事故で傷のついた骨を比較したりして展示していると知り、比較することで知らなかったことも知ることが出来るのだと感激した。そして、幼少期に山の中やトンネル内で車にはねられた動物をみる度、誰にも拾われずこのまま自然に戻るのを待つのかと考えていた。だが今回、事故死したタヌキのように市区町村で集められ研究に使用され、それが多くの学生や市民の交通事故死してしまう動物のことを考えるきっかけとなると知った。学習の場を与えてくださる動物に感謝をしてたくさんのことを吸収していかなければいけないと痛感した。獣医学部棟のエレベーター前の展示ケース内の展示は、細かいところまで見たことがなかったが、次に獣医学部棟に入ったときは時間を作り勉強になることを吸収したい。
 今回の講義で、高槻先生がどのように博物館を設立するのに関わってきたのか、どのようなこだわりがあるのかを知ることが出来た。これを機にもう一度博物館に足を運んだり、展示されているものにより興味を持ったりして主体的に見て勉強していきたい。そして博物館や展示ケースに飾られている動物の背景を自分で考え、勉強に役立てていきたい。

9.
 本講義資料を拝読し、いのちの博物館を見学することに心が弾んだ。講義日翌日、空き時間を利用して、友人といのちの博物館を訪れた。今回の見学は、二度目である。一度目は、私が麻布大学への受験を決意した年の2017年、大学祭の時だ。前回は、事前知識がない状態で見学した。記憶として残っていることは、骨の標本がたくさん展示されていたこと、骨を実際に触るコーナーがあり、子ども達が喜んでいたことである。獣医学部生となった今、何を感じ・学ぶことができるのか、胸をふくらませた。
 いのちの博物館に入館し、先に二階へあがり「キリンの目線」になるという段差に立ち、展示室を見渡した。普段、キリンの目線に立って物事を見ることはまずない。上から見下ろすことで、ウシやキリンの全身骨格の標本の上側を見ることができた。下でみる光景とは違った世界を楽しむことができた。次に、一階の展示室へ入った。最初に目に飛び込んできたのは、動物の血管をプラスチック化させたプラスティネーションである。太い血管から細く細かい血管まで、鮮明に美しく表現されていることに驚いた。今まで知り得なかった血管の形状・本数・長さ等が、このような技術を利用することで可視化された。獣医学を学ぶ者にとって、様々な動物を理解するためには、この技術は大きな進歩であると感じた。
 企画展示は、「動物の食べ物」が開催されていた。私は、タヌキとテンは同じような環境で生息し、同じようなエサを食べていると思い込んでいた。展示の解説より、双方とも果実を食べるが、食べる時期が違うということがわかった。肉食性、草食性、雑食性の3つに分類される哺乳類は、生活環境やエサの取りやすさ、エサの栄養価・量に違いがあり、それぞれが生きていくために身体の機能が進化してきたことが、解説文と骨の標本を見て理解できた。ヤギの四つの胃やアリクイの全身骨格など多くの標本が、それを物語っていた。それぞれの標本・タイトルに沿った解説文は、高校生物で学習してきた用語や、大学で学修した内容 が盛り込まれており、すとんと頭に入ってきた。前回訪れた時は、解説文を流し読みしたものがあったが、今回は違った見方で読むことができた。また、所々に親しみやすい男の子と女の子マークのある振り仮名付の解説文が目に入った。小学生でもわかりやすい内容で記載されていた。過去に行われていた春・夏休みの子ども教室では、動物の生活の特徴を聞いて、実際に骨に触って紙に描いていた。情報を聞いて・見たことをインプットし、紙に描いてアウトプットすることで、子どもの記憶に残り、自分の知識となる。標本の貸し出しについても、普通の学校教育では、体験することができない。どれも教育的観点からとても素晴らしいと感じた。小学生高学年の娘を持つ親として、ぜひ体験させたいと思った。
 歴史のコーナーは、当時の様子が浮き彫りになり、感慨深いものがあった。特に、中村道三郎先生の麻布大学に対する功績と貢献は、私たち麻布大学生はもとより獣医療に関わる人々や近隣住民などに、広く伝えられるべきだと感じた。1945年の東京大空襲によって古川橋の校舎が全焼した後、優れた英語力を持つ中村先生が行った行動のおかげで、今の麻布大学がある。「臨床の麻布」というフレーズは、受験期に耳にしてはいたが、中村先生の評価が世間により認められたことで定評となったことは、認識していなかった。中村先生は、現代にまでこのフレーズが浸透するほどの偉業を成し遂げた人物なのである。
 麻布大学いのちの博物館は、麻布大学に関わった先人・現代人が残した麻布大学の財産と歴史の宝庫である。麻布大学は、創設者の與倉東隆先生を筆頭に、中村先生・藤岡先生といった多くの先生方・同窓生が築き上げてくれた大学である。本講義により、私は麻布大学で学べる喜びを改めて感じることができた。そして、博物館の歴史パネルにあるように、「温故知新」の精神で学問に取組み、先人たちに恥じない人生を送ろうと思う。

10.
 麻布大学のいのちの博物館は標本展示だけではなく、本学の歴史を学ぶ、地域に受け入れられる場にもなっている。標本展示は動物の面白さを伝えるだけでなく、動物と人間社会を取り巻くロードキル等の問題を社会に通知する役割も果たしている。そのためには見る人にインパクトを与えることが必要であり、展示の仕方にも工夫が求められる。本来完璧さが求められるはずの標本を、あえて損傷した状態で展示するというのはまさに逆転の発想である。野生動物だけではなく殺処分された犬猫の骨や首輪を展示するというのも、安易な飼育の抑制や終生飼養の啓発に効果があるのではないかと私は考えている。このように、標本展示のような従来の方法とは違った形で問題を社会に通知することができれば、国民の動物に対する意識を変えるきっかけを作れるのではないかと少し希望が湧いている。ドイツに約二年間住んだ経験があるが、博物館が日本よりも身近であり、また展示だけでなく、実際に触れて学ぶことができる体験型のものが多かった。最も印象に残っているのがミュンヘンのドイツ博物館であるが、ボタンやハンドルを使って自分で機械を動かしたり、化学反応の様子を見たりすることができる。このように、デジタル技術を取り入れた体験型の展示方法は取り 入れるとよいかもしれない。私はミュゼットいうサークルに入り、いのちの博物館のハンズオンコーナーで標本の解説を行う予定である。活動を行う中で、博物館の楽しさや生命の面白さを知ってもらえるよう努めたい。
 現キャンパス設立のための基金を募った中村道三郎先生、そしてそれに賛同した麻布大学を愛する同窓生のお陰で勉学に励むことができるということを忘れてはならない。私たちは数ある学問の中で獣医学を、そして数ある大学の中で麻布大学を選択した。この奇跡に感謝しながら、先人たちの遺志を受け継ぎ、使命を全うしなければならない。この恵まれた環境の中で、自分の理想とする獣医師像に少しでも近付けるよう、努力を積み重ねていきたい。

11.
 【感想】私は、幼稚園で卒園アルバムの自分の宝物を書く欄に「いのち」と書いた。幼い頃から自然と、いのちは大切なものだと学んでいたからだろう。今も自分の宝物は何かと問われれば、勿論、家族や友人、仲間などもあるが、やはり一番は「いのち」と答えるだろう。それほど命というものは、大事で何にも変えられない重みのあるものだ。だから、事故や何かしらの理由で提供された動物をその後の学びに生かす為に、骨格標本にして博物館の設立に貢献された高槻先生に感銘を受けた。展示されている動物は、自分の人生を私達の人生の糧となって骨から教えてくれている。動物は亡くなった後も活躍していて、幸せだと思う。初めて博物館を訪れた時は、高校一年生の夏のオープンキャンパスだ。最初にポメラニア ンの骨格標本を見て、骨が非常に細いことに驚いたことを今でも覚えている。他には牛の体内から取れた釘の多さや、キリンや象の骨格標本の大きさなどが印象に残っている。
 先週、二度目の博物館を見学した。二度目にしても最初と変わらず圧倒された。特に、肺などの細かな血管を染色して標本してあるものに感動した。肺の血管が細部まであるおかげで生きていることも実感できた上に、果たしてあの細い血管はどのようにして崩すことなく染色して固定し、展示されているのだろうかと疑問にも思った。また、コアラレトロウイルスについて調べてレポートを書いた時に、参考文献にした本を書いた方が増井光子先生だった為、歴史コーナーにて紹介されているものは非常に興味深かった。当時は女性の学生が二人だったことに驚いた。今は女性の方が多いのに、なぜ昔は圧倒的に男性が多かったのだろうと疑問に思ったが、当時は女性は家業という概念が強かったのではないかという結論に至った。今、私がこうして大学に通い、獣医学を学べていることにも感謝したいと思う。増井先生は夏休みも毎日動物園で働き、後に動物園園長となって動物がより野生に近い環境を作った。その動物への愛を感じ、増井先生の勤勉さに感銘を受けた。
 また、戦後から麻布大学を蘇らせた中村道三郎先生についての話も興味深かった。戦後、全てが失われた中、獣医学教育に力を尽くしたことは勇気あることで、それがなかったら私はこうして獣医学を学べていないということにも気付かされ、感謝の気持ちでいっぱいになった。
 将来、私は獣医師免許を取得し、動物検疫官として働きたいと考えている。その為に、麻布大学の5系統教育をしっかりと学び、博物館でも大いに学んで幅広い知識をつけていきたいと思う。大学では骨格標本を作るサークルに入部した。これからは骨格を作って学んだり、博物館で学んだりすることもあるが、それだけでなく博物館を訪れた人にも学びを伝えていきたいとも思う。自分が学び、それを伝えていくことで更に多くの人に伝わり、またそれが自分の学びにも繋がる。
 博物館は何度訪れても毎回学ぶことが沢山ある。そんな博物館を設立してくださった高槻先生方や、動物にも感謝をしたい。

12.
 高槻先生のお話は二部に分かれているので、感想も分けて書きたいと思う。
 第一に、麻布大学いのちの博物館設立の経緯についてである。まず私は、今回初めて博物館設立の苦労などの裏側を知った。18年の短い人生にしては、多くの博物館や美術館を訪れたことがあると思うが、設立に関わった方のことやその意図を考えたことはなかったように思う。ただ珍しい展示物や有名な作品などを観て楽しみ、「私はこれが一番好き」などといった感想を抱くだけであった。博物館の展示自体はほんの一部であり、植物標本に比べて哺乳類標本はスペースを要することや、潜在的標本の存在、液浸標本は液の取り替えが必要など、初めてその苦労に目を向けることができた。特に、『大学博物館設立についてのビジョン』という資料では新たな発見や共感があった。この資料自体は博物館設立をメインとして書かれているが、大学生として、大学や高校の在り方や、自分が今後6年間どう学んでいくべきかなど、様々なことを考えさせられた。また、高槻先生の文章に「展示にはメッセージ、つまりその標本によって何を伝えるかが必要である」という言葉があり、初めて麻布大学のオープンキャンパスを訪れ、麻布大学いのちの博物館を訪れた時のことを思い出した。その時私は中学3年生で、獣医学科を目指していたもののまだ知識は全くない状態で、専門的なことが多く正直理解できないのではと不安な気持ちで訪れた。しかし、オオカミとイヌやイノシシとブタの違いなど、私が疑問に思っていたが調べていなかったことなどが分かりやすく展示してあり、今まで訪れたことがある博物館で一番面白かった印象がある。中学高校の生物の先生にその話をしたところ、先生方でも訪れたことがあったようで、絶賛していた。改めて考えると、小学生の時に訪れた夏休み限定の恐竜の博物館では、とても広い展示場で一体一体の骨格が展示 してあり迫力はあったが、比較したり考えさせられるような展示ではなかったように思う。その点、麻布大学いのちの博物館は広さを有するわけではないが、大動物の骨格の下に小動物の骨格を展示して比較するなどと興味を引く展示が 多く、「この大学での授業はとても面白そう」とわくわくしたことを覚えている。
 また、今回資料を読んで一番興味を抱いたのは『ロードキル展の記録』である。正直、この資料を見たときは、ずらっと並んだ頭骨に大きなショックを受け、思わず涙した。私たちは動物との共生を掲げ、それに向かって努力をしているように見せかけ、こんなにもたくさんの犠牲を出していたのである。それだけでなく、そもそも私はロードキルという言葉すら知らなかった。獣医師を目指す者としても、一人の人間としても、この事実さえ知らないことを本当に恥ずかしく思う。 きれいごとではなく、本当の意味での共生を目指し、将来活動したいと強く感じた。
 第二に、私達新入生に伝えたいことについてである。麻布大学のこれまでの歴史などは、オープンキャンパスや大学のパンフレットなどで知ってはいたが、「麻布は同窓生が出した金でこの校舎を作ったのだ」という言葉にとても感動した。私が幼稚園から高校までお世話になった母校も戦争によって焼け、卒業生やシスターの尽力で立て直したと教わった。どちらも先人の愛の深さをとてものような行動ができるだろうか。自分自身の生活も危ぶまれる中、他の人のため、未来のために行動できるとは思えない。これは私自身の問題でもあるが、 時代であるとも感じる。大学に行くことが当たり前になってきている全入時代、卒業する際に「麻布大学を出たから今がある」と思えるように6年間過ごしていきたいと思った。こうして今、一週間おきとはいえ学校に通うことができ、友達に会い、何不自由なく学ぶことができる環境に、本当に感謝しなくてはならない。そして、学費を出し、毎日の生活を支えてくれている親や家族にも、感謝の気持ちを忘れずに過ごさなくてはならないと感じる。

13.
 2021年4月2日金曜日。私が人生で初めて麻布大学内に足を踏み入れた日付である。この日は初めての登校日だった。慣れない環境の中で緊張しながらも、麻布大学の獣医学科に入学できたのだと少し誇らしげに背筋を伸ばす同級生の顔を今でも鮮明に覚えている。
 そんな同級生の横、私は背筋を丸めて初日を迎えた。麻布大学は第一志望校ではなかった。どんな学校であるかも分からなかった。オープンキャンパスや学園祭に一度も訪れたことのない私が、きっと新入生の中で一番麻布大学のことを知らないだろうし、麻布大学内に入ったのも登校日が初めてである私が一番最後だろうと思った。
 そんな漠然とした状態のまま学校生活を送っていた私の心に、高槻先生の記した「麻布大学いのちの博物館設立の経緯と新入生に伝えたいこと」は強く刺さった。麻布大学ではない大学出身にも関わらず、いのちの博物館の設立に尽力された高槻先生をはじめ、戦時中、貧しいながらもお金を出し合って麻布大学を立て直した多くの同窓生の方々から、麻布大学に対する誇りや深い愛校心を感じたからである。何も知らないまま、麻布大学に入学した自分が恥ずかしく思えた。
 文章の中で、ロードキル展の話題が印象に残った。添付された論文のタヌキのロードキル写真は思わず目を覆いたくなるほど悲惨なものであった。しかし、それをただかわいそうで終わりにすることなくありのままの頭骨を展示し、来館者にロードキルがどんなに残酷であるか、とメッセージを伝えるという着眼点に驚くとともに、感銘を受けた。博物館に来て骨を見るだけならだれにでもできる、しかし、骨を見ること以上に大切なことは、骨を見るという「受動的な行為」 と骨を通して考えるという「能動的な行為」までをつなぐ、博物館からの「メッセージ」に気が付くことではないかと考えた。
 同じことが大学でも言うことができると思う。大学はただ獣医学の勉強する場所であると固定概念で捉えていた。しかしこれからは、授業=知識を受け取るという受動的な行為から脱し、授業を通して何をメッセージとして受け取り、考えるかを大切にしていく必要があると感じた。
 「展示にはメッセージ、つまりその標本によって何を伝えるかが必要である」の言葉にもあるようにメッセージ性を大切にされている高槻先生の文章からは、麻布大学に対するメッセージがすんなりと心に入ってきた。麻布大学に入学できたことへの誇りと麻布大学で勉強ができることへの感謝の気持ちを持ってほしいというメッセージだ。
 この文章を読むことで、多くの人のご尽力によって麻布大学が成り立っていることを知った。今、こうして獣医学を学べていることは当たり前のことではない。戦時中の麻布大学の学生、麻布大学の再建に奔走した中村道三郎先生をはじめとする多くの同窓生に思いを馳せながらこれからの学校生活に臨みたいと思う。また、メッセージの通り、麻布大学に対する誇りや感謝の気持ちを持てるように、今後、麻布大学のことを調べたり、様々なことに興味をもって勉強したりして、麻布大学への愛校心を6年間かけて養っていきたい。そして6年後、麻布大学に入学してよかったと胸を張って過去の自分に言うことができるまで成長して卒業したい。レポートを書きながら、少しずつ背筋が伸びていくのを感じた。今度、いのちの博物館に行ってみようと思う。

14.
 いのちの博物館ができるまでの話を読んでまず思ったのは、是非見に行きたいということである。存在自体は知っていたものの、これほどに魅力のある建物だとは知らなかったのである。解剖学を習っている身としては、よい勉強の材料にもなると思った。
 いのちの博物館ができる前の標本の展示に関して、展示しようという発想にいたるのは素晴らしいことだと思った。今の私なら、珍しいものも含むたくさんの標本がしまわれていることを知っても、すごいと思うだけで、展示しよう、広めようとは思わなさそうである。展示しようという発想が生まれてくるのは、過去に展示を企画したことや、展示を見たというような経験が大きいのだろうなと思った。
 動物の四肢の骨格標本の展示は、動物の全身骨格を飾るよりも動物の身体の特徴がより見えやすくて良いと思った。また、記録文書のイルカの手の骨格の写真をみて、彼らは手をぐにゃぐにゃには動かせないが、指の骨が細かく小さめなのは意外だった。
 ロードキル展の記録書では、ロードキルに遭ったタヌキの写真も展示したことに驚いた。しかし、普通なら目を背けたくなるようなことも見せることで効果があると思った。特に、都会に住んでいると、ロードキルの現場に遭うことはそうそう無いし、私自身も、1回しかない。また、動物の死体はすぐに業者に片付けられると思うので、都会に住んでいる大半の人はロードキルを目にすることも無く、知り得ず、ロードキルなんてないのではないかと思うかもしれない。もちろん、ロードキルはないほうが良いのだが。だから、ロードキル展は展示スペースを効果的に使った、現状を伝える良い企画だと思った。
 これら2つの展示も含め、年に3回も展示をしていたのは大変そうだと思ってしまった。しかし、標本が豊富であるのにしまわれていたら、見せたいときがあってもいちいち取り出さなくてはならないことや、そもそも標本の存在すら忘れそうになることがあり得る。飾ってあったら気軽に見に行けるし、考えつくされた展示方法ならば絶対に楽しめると思った。これは、貴重な体験が身近になるということでもある。
 いのちの博物館や、いのちの博物館ができる前後の展示も含め、先生もやるべきことが他にもたくさんあるはずだが、標本やパネルの用意、企画に関する調査などもやっていくのには手際の良さが重要だと感じた。展示方法は展示の面白さを左右するので、内装や展示台、説明分のフォントや配置など、デザインできるのは本当にすごいことだと思うのである。私も高校や中学のクラス展示で準備を行ったことがあるが、面白い展示をするには、それだけ入念な準備が必要だと思った記憶がある。しかし、この立派な標本展示の準備を前にして、高校の簡単な展示のレベルで準備が面倒だと思っていた私は何なのだろうと苦笑せざる をえなかった。また、いのちの博物館設立の際の先生の忙しさを想像してみると、サグラダファミリアの彫刻を作り上げた外尾悦郎さんが思い出された。彼も、サグラダファミリアの彫刻に集中していて、無我夢中で彫っていたそうだ。私は、好きで無ければ途中で投げ出してしまいそうだと思った。
 フクロウの食性について調べ、参加者に感想を書いてもらうというイベントの記録を読んだとき、その感想文1つ1つにコメントがなされているのに気づき、第三者の私が読んでもおもしろく、興味の湧く記録文書だと思った。
 麻布大学の東京大空襲後の再建の話では、私が通っていた高校と似ているものを感じた。私の高校も歴史が古く、創立年も創立日も麻布大学と近いのである。また、こちらは関東大震災の影響で校舎を移していた。そして、私たちよりもさらにさらに上の代の先輩方が、私たちよりも本当に母校を愛している。少しどうでも良いかもしれないが、これらの点が、何か似ていると感じるのである。
 話が逸れてしまったが、動物の標本の展示をメッセージ性のある、伝える目的のあるものに仕上げるのはセンスが問われると思う。私はまだそういった企画をしたり、全体を通して仕切ったりするようなことを務めたことがないので、将来やることになったら思い出して参考にしたい。また、講義の中にあった展示の報告書や記録は全て読んでいて面白かった。行った内容も事細かに記してあったので、1つのイベントを行うにしても、きちんと把握して記録していかなくてはならないのだと勉強になった。

15.
 私は幼い頃から麻布大学進学への思いが強く小学生のときから学園祭やオープンキャンパス等によく参加していた。したがって、麻布大学創立125周年を記念してできた「麻布大学いのちの博物館」が開館したときのことはよく覚えている。また、麻布大学いのちの博物館が開館する数年前に、今の生命環境科学部棟の前に何の動物かは分からなかったものの、とても大きな頭骨が外に置かれていたことも記憶に残っていた。だから、初めて麻布大学いのちの博物館を見学したときは「あのときあそこにあった骨もここに展示されているのかな」と考えながら、私の身長よりもずっと高い骨格標本に圧倒されたことを今でもよく覚えている。そんな麻布大学いのちの博物館ができるまでには沢山の工程があったことを今回の講義で初めて知った。
 麻布大学いのちの博物館ができる前では、大学にあった珍しい標本は大学祭で解放されていたが、それを活用するためにショーウィンドウにて展示されるようになったということだ。この講義では、その中の「動物の手と足」展と、「ロードキル」展についてあげられていた。「動物の手と足」展と、「ロードキル」展それぞれについて感じたことがある。
 まず、「動物の手と足」展では、普通だったら教科書でしか見ることのできない骨格を実寸大で見られるという点にとても魅力を感じた。加えて、例えば異なる動物の足と足を横に並べて展示すれば、比較解剖学という点でも優れている。全身骨格をみることができればスケールが増すのだろうとも思った。
 次に「ロードキル」展についてである。添付資料(※1)を見て、私たちが住んでいる周辺、町田や相模原におけるロードキルによる死体数が600体にまで上る事実に衝撃を受けた。確かに車に乗っているときに轢かれてしまった猫の死骸を何度か見たことがある。しかしここまで多いとは思ってもいなかった。また私は年間どれだけのロードキルが起きているのか、どのような動物が多いのか気になり調べてみた。高速道路でのロードキルは4.7万件に上り(※2)、直轄国道では35%が犬猫、27%がタヌキ(※3)となっている。この数字から実際にはもっと多くの動物たちが犠牲になっているのだろうと想像ができる。また、このような事故に実際に遭った動物たちの骨格を用いて展示することは、その実態を視覚的に伝えることができるため心にくるものがあったと思う。学校近辺の地域や日本国内で多くのロードキルが発生していることを具体的な数字で知ったことでこの問題が以前よりも身近なものに感じられた。最近のCMでもやっているようにエコロードをつくることで接触事故数を減らすだけでなく、生息地の分断を抑制していけたら良いのではないかと思う。
 私が中学生で初めて麻布大学いのちの博物館を訪れたとき、母と一緒に「一番長く居ちゃったね」と話しながらお互いに面白かったことなどを話し合いながら帰った。私を含め多くの人の興味関心が惹きつけられたと思う。それは中村先生と藤岡先生そしてその同窓生の方々による麻布大学復興への尽力、多くの先輩方や大学の先生方の協力と信頼によるものなのだろうと今回の講義を通じて感じた。私は今までに麻布大学いのちの博物館を5回ほど見学したことがあるが、このような背景があったことは初めて知った。今回の講義を受けたことで今までとはまた視点で見られると思うので、もう一度麻布大学いのちの博物館を訪れたいと思う。そして、今度は私たちが伝えていく番になることを自覚し、継承していきたい。

16.
 高槻先生の講義を読み、私は高校二年生の頃、オープンキャンパスで見かけた麻布大学いのちの博物館に見入っていたことを思い出した。そこでは、様々な骨格標本があり、学生たちによるクイズのようなものと解説を受けることができた。大学内にあれほどの数の標本があることに驚いた記憶がある。それこそ本物の博物館のようであった。
 この講義では高槻先生の麻布大学いのちの博物館設立の経緯を学んだ。先生は生態学者として研究教育を重ね、自ら展示をし、多くの展示に立ち会うことで多くの経験を積まれた。それら数多くの経験を活かし、麻布大学いのちの博物館が設立された。先生は展示によって何かを伝えることに重点を向けて展示を行っていた。実際に麻布大学いのちの博物館を見て、メッセージ性の多さをその身で感じることができた。私は実際に麻布大学を志望するにあたって、麻布大学いのちの博物館の展示の壮大さ、面白さ、また、学生たちによる説明から、勤勉で、かつ動物が好きな良い学生たちが集まっているその環境の良さも理由の一つで あった。たった五か月で展示の準備を行うために一日中作業に取り組み、作業時間を減らしてもなお一日10時間作業されていたことにとても驚いた。私は毎週出る課題にさえ、時間の確保に苦戦しているが、先生の話を聞いて、自分の態度を考え直す必要があると感じた。
 また、先生はこの麻布大学いのちの博物館創設にあたり、標本の展示物だけではなく、麻布大学の歴史の展示も大切にされた。実際に自ら同窓会に赴き、様々な情報を得て、この博物館の展示になったと思うととても感慨深いと感じた。歴史のコーナーは一通り標本の展示を見た後に見ることができる配置にあり、説明に自然と見入るよう設計されていて、そこからも先生の努力がうかがわれた。
 麻布大学は過去に昭和20年に起きた東京大空襲によって一度校舎が消失している。全てが灰燼に帰し、教科書も校舎もなく、世間から「麻布は終わった」とまで語られていた。そんな中、中村道三郎先生が復活を志し、淵野辺にキャンパス用地を確保し、同窓生たちに基金を募ったという。こんな絶望的な状況の中、麻布大学復活のために献身的に行動できる中村先生を心から尊敬する。そして、基金を募った結果、母校のために多くの同窓生が大学復活へのお金を寄付したという。当時は日本人の誰もが生きることに必死だったというのに、母校への寄付をし、そのうえ、大学が借りていたお金を返す連絡をした際に断ったというその強い愛校心と慈愛に感銘を受けた。私もこの愛校心を見習っていきたいと感 じた。コロナ禍によって普段通りの教育が受けられない中、なんとか感染対策をしつつ、対面授業を考えてくれている先生方、そして、麻布大学を造った多くの素晴らしい先人たちに心から感謝している。また、高槻先生を深く尊敬すると共に、先生の出版された書籍を読みたいと感じた。次に学校に寄る際には、今回の講義内容を踏まえて、麻布大学いのちの博物館を見学しに行きたい。授業の一つ一つを大切にし、社会に貢献できるような獣医師を目指すことを決意する。

17.
 5ヶ月という短い時間で博物館をつくりあげた。この事実に最も衝撃を受けた。博物館の展示のノウハウがあったとはいえ、解説作りや全てのレイアウト、情報収集を5ヶ月で行ったことに感銘を受けると同時に、好きでないとできないことだなとも感じた。高槻先生の、物事に集中するタイプというのは共感できる。例えば、高校時代にレタスの研究に没頭していた時期があった。私の高校では週に1回自由研究という授業があり、その授業では各自が好きなトピックを選択しテーマを決め研究を行う。そこで私はトピックで生物を選択し、レタスについての研究を行っていた。植物を実験で用いるため週1回ではなく2、3日に1回世話をするために活動を行っていたが、学会などの発表前やデータ分析時、論文執筆は放課後に毎日残り、帰宅してからも作業を行なっていた。私は夜に弱い方だが、高槻先生のように集中していたため、帰宅後に研究に関する作業をしていても全く眠くならず、気づくと日付を超えていることが多々あった。このようなタイプだったため、確かに体力的には辛いこともあったが、様々な情報を収集でき、予定よりも短時間でポスターや論文を完成させることができたのだと思い、共感した。また私の場合は研究がとても好きで、いくら大変で思うようにいかないことがあっても、ネガティブな気持ちになったことは1回もなかった。そのため、勝手ながら高槻先生の博物館完成への想いと夢中になる気持ちが少しわかった気がする。
 私は、麻布大学いのちの博物館と聞くと増井光子さんのことを思い出す。私と一緒にボランティアを行っている方が増井さんの存在を教えてくださったのが彼女を知ったきっかけである。その方は、元々増井さんのファンでお子さんが麻布大学に通っていらっしゃり、麻布大学いのちの博物館に足を運んだ際にとても感動したと教えてくださった。さらに、ボランティア活動をまとめている獣医の先生が、学生時代馬術部で増井さんと何年か一緒に活動をしておられて、当時の貴重なお話を聞くこともできたと伺った。興味が湧いたため、その日のボラン ティア活動後に増井さんについて調べてみた。上野動物園初の女性園長であったこと、絶滅危惧種の保護や繁殖に力を注いだこと、研究など行っていた活動のことを知ることができた。それだけでなく、増井さんはとても動物が好きで努力を惜しまない素晴らしい女性であることも知り、憧れを持った。その2日後に麻布大学いのちの博物館についての講義があり、増井さんの名前も出てきたのでとても驚いた。さらに、私が読んだ増井さんについての記事の筆者である高槻先生の講義を受けることができて光栄だ。このような増井さんを知る機会が偶然にも重なったため、さらに増井さんについて知るために著書など読んでみようと思う。
 私は小学生の頃から、麻布大学に入学し獣医になることを目指していたが、恥ずかしいことにあまり本学の歴史を知らなかった。戦争で校舎が焼けたのは聞いたことがあった。しかし、その後再建する際に卒業生が協力したことについては初めて知った。とても愛されていて素晴らしい学校だと感じ、その学校で今学んでいることを誇りに思った。また、この講義で初めて知ることが多く、より一層麻布大学を好きになった。

18.
 私自身普段から博物館や絵画展に行くことがあり、感銘を受けることが多い。それは視覚で受け取る情報は文章や聴覚で受けとる情報よりも率直である。そのため実際の動物の様々な部位の骨を比較した展示を見ることで文章や写真などで説明をされたものよりも実感が湧き、同時にそのものに対して興味を持つことが多い。高槻先生はそのように展示物にメッセージ性を込めて、展示の仕方を研究されて工夫されていて、しっかりと展示を見物した人にそのまま伝わっていることが凄いと思った。またロードキル展に関して、私は以前受験勉強をしていた際にロードキルについての英語の長文を読んだことがあった。その時に、ロードキル問題について興味を持ち、もっとロードキル問題について調べたいと思ったが、受験が終わった後に調べようと思い断念していた。そこでこの機会にロードキルについて調べてみた。ロードキルで犠牲になっている動物は実に様々であり、海外のあらゆる地域で問題となっている。ロードキルは人間と野生動物の共存が上手くいっていないという現状を強く示していて、犠牲になる動物は地域ごとに異なるが、その動物の種類によっても、また意味してくることや問題が違うことが分かった。動物の行動特性は基本的に道路が建設されても餌場や産卵場への移動ルートを変えずに移動しようとする。これは当然のことだと思えるが、動物の行動圏内にねぐらや繁殖巣、餌場や水場など様々な条件を満たす場所を含むためである。行動圏の広い動物ほどロードキルの被害が大きく、その動物の屍肉を求めて二次的なロードキルも発生している。ロードキル件数は経年的に増加している傾向にあるが、その理由として近年開設した高速道路は野生動物の数の多い山間部を通過していることが挙げられる。このような実態から人間がその地域の動物の行動特性や行動圏などを調べてから道路建設を行う必要があると思う。またロードキルはとても身近なことであり、私の家の近くには道路を挟んで公園が分断されている。時々蛙や鼠や鳥の車に轢かれた死骸を見ることがあった。まさにこれこそがロードキルであり、とても身近なことだと感じた。人間がより良い生活を手に入れることが動物の生息領域を分断することに繋がるということを常に念頭におきながら、どのようにしたら人間と野生動物が共存できお互いにとって良い社会ができるのかを考えることが自分の今後の課題だと思った。今ではロードキル対策としてゲートを作り、動物が道路を通らずに行き来できるような取り組みをしている地域もある。最後に高槻先生の新入生に向けたメッセージの中で、中村道三郎先生、藤岡先生、麻布大学の卒業生の方々が今の麻布大学を守ったお話を読んで、困難な時にはお互いに支え合う姿にとても感動した。そして、自分はそのような歴史ある麻布大学に入学して、6年間自分の望んだ獣医学を学ぶことが出来ることをとても誇りに思った。また自分も6年後に麻布大学を卒業して、困難な時には大学の力になった卒業生のようになりたいと思った。

19.
 私は、いのちを学ぶうえで、骨標本を見ることは欠かすことができないと考えている。その、 命を教える相手がまだ小さいこどもだったとしても、である。人によっては、こどもにそんなグロテスクなものを見せるなんて、という人もいるだろう。 しかし、ほねを直接みることで、その動物の特徴や生態を、因果関係で学ぶことができる。また、普段の生きている動物たちとは全くことなった動物たちをみることができる。よって、骨標本を見ることには、こどもの視野を広げさせる効果があると私は考えている。私が麻布大学への入学を希望した理由の一つに、麻布大学には多くの、産業動物といった、実際に生きた様々な種類の動物たちに触れられるから、というものがある。ちょっとした動物園のレベルの動物数の多さである。それだけ多くの動物がいれば、地域に動物たちについて学んでもらう場としては、十分すぎるくらいである。しかし、それにとどまらず、麻布大学は博物館を設立した。このことを知り、私は麻布大学についていったら、間違いないな、と確信をもった。博物館の設立には、高槻先生もおっしゃっているとおり、膨大な手間と予算がかかる。それだけの手間と予算をかける価値がある、と考えた当時の学長には脱帽である。 麻布大学いのちの博物館のホームページを見ていると、学習教材の貸し出しなど、地域の人々に対しての情報発信としての立ち位置で、麻布大学いのちの博物館は活動しているようだ。わたしが、骨標本には、動物たちと生活していくなかで、大事なものがあると気づいたのは、中学生のころに、家で飼っていたウサギの標本を自由研究でつくったことがきっかけだ。もちろん、そのウサギは老衰で亡くなっている。埋葬する前に、将来動物に関する仕事に就くことを志している身として、亡くなったその体を使わせていただいて、勉強させてもらおうと思い、この標本作成をおこなった。その結果、様々なことがわかった。その骨や軟骨の構造、骨格、また、標本作成の仕方など、初めて学ぶことばかりだった。 しかし、それよりもおおきな衝撃が、その研究にはあった。自分がかわいがっていたウサギが、自分の手のなかで、だんだん骨になっていくのだ。 動物界では、人間界よりも、より生死に近い領域で、命の格差が生まれている、と私は考えている。人間に飼われるペットから、弱肉強食の自然界を生きる野生動物、そして、寿命がすでに決められている、産業動物や実験動物。どの生き方が動物たちにとって幸せなのかは、私にはわからない。 骨標本を制作しているなかで、感じたことがある。それは、生き物の「死」についてのことである。自分の手の中で、だんだん骨だけになっていくウサギ。ただ、ウサギの心臓が止まってしまった、と知ったときよりも、大きな感情が胸に押し寄せた。骨を見て、触って、ああ、もうあの子は帰ってこないんだな、とわかってしまった。この感情をなんとことばにすればよいのかはわからない。しかし、骨標本には、生きている動物をみているだけでは決してわからないことを教える力があるとわたしは悟った。

20.
 私は博物館や美術館が好きだ。精通した知識を持つわけではないため、月並みな表現の感想しか言うことはできない。しかし、展示されているものを見て、その時代や地域がどのようなものであったかを考えるのが面白いと思っている。幼稚園児だったころの私はトリケラトプスが恐竜の中で一番好きだった。福井県にある恐竜博物館に連れていって貰った際には、展示されていた骨格標本の大きさに驚いた。そして、恐竜が生きていた白亜紀のことを想像しわくわくした。岐阜県博物館に行ったときには沢山飾られている蝶の標本を見て、羽の美しさに見惚れた。さらに、飛ぶことのできる蝶が普段見ている景色を考えて胸を高鳴らせた。
 私は麻布大学いのちの博物館に行ったことがない。学校生活に慣れて落ち着き次第行こうと思う。文中に書いてある「ロードキル展」に非常に興味があるので是非ともまた開催してほしい。私は岐阜県の田舎で約15年生活していたため、野生動物が轢かれた姿を見ることが何度もあった。実際に私の家で飼育していた犬が脱走し、車に轢かれたこともあった。その犬の命に別条はなかったが骨折はしてしまった。轢かれたあとの姿はみたことがあるが、骨がどのように変化したのかは知らない。獣医師として働いていくと事故に遭った動物を診療する機会がでてくるはずだ。だから、車と接触したときに受ける衝撃やその衝撃が与える影響について知識をつけたい。その他にも、展示されているものが生きていた時代や国に思いを馳せたいと思う。
 私は麻布大学の変遷や多大なる貢献をした方々について知らなかった。知ろうとしていなかった。自分が通っている学校だというのに深く考えることなく、なんとなく通っていたのだ。高槻先生のこの文章を読み、自分でも偉大な先人について調べてみた。生きるだけで精一杯の激動の時代の中でなぜ、ここまでの人のことに気を配ることができたのか私には理解できない。私なら自分を優先してしまう。誰に何といわれても自分が一番可愛いため自分の意思のままに行動するだろう。
 私の祖母は昭和4年生まれのため、第二次世界大戦を経験している。幼いころに聞いた戦時中の体験談は、姉の夢に出てきた際に姉が泣いて目を覚ますほど衝撃的で悲惨なものだった。教育はあくまでも娯楽だ。無くても生きていくことはできる。日本全体が貧しく「今」を生きることに必死になっていたあの時代において「未来の教育」ことを考え、行動した中村道三郎先生や藤岡富士夫先生、資金を出してくださった先輩方は本当に偉大だ。そんな方々のおかげで、私は現在、獣医師を目指して勉強することができている。私たち学生は、そのような立派な先人たちの努力の結果といえるであろう。先人たちの想いや努力を無駄にすることがないよう勉学に励み、仲間と共に人としても高めあっていこうと思った。

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