ワークショップ「フクロウの巣からネズミの骨を取り出す」 上席学芸員 高槻 成紀
2019年12月14日(土)に標記のイベントがあり、34名の参加がありました。定員は20名でしたが、できる限り受け入れるようにしたので、部屋はいっぱいになりました。小学校低学年を含め小さい子供さんが多かったので、説明をわかりやすくするようにしました。
はじめにスライドでフクロウという鳥の特徴を説明しました。フクロウの顔が丸く、目が正面についているので特別な印象を受けるが、それはネズミを捉えるためだという説明をしました。そのために両手を開いて、片目をつぶって顔の正面で左右の人差し指を接するようにしてもらいました。次に両目を開けて同じようにしてもらいました。
【片目をつぶって人差し指を合わせる】
「両目の方がうまくいくでしょう。それは両方の目で見ると重なりがあって、それが少しだけズレるので頭の中で距離が正確にわかるからです。それと同じように耳の良いフクロウは目の周りをパラボラアンテナとしてネズミの音を聞き取り、左右の耳で聞こえるズレによってネズミの位置と距離が正確にわかるのです。すごいよね」
【フクロウがネズミを捉えることの説明図】
「それから飛んでも羽の音がしないように翼の前にセレーションという特別な作りがあって音を消すのです。だからネズミはフクロウが近づくのを知らないでいきなり捕まってしまうんです」
それから、分析の材料であるフクロウの巣箱から取り出した巣材の説明をしました。「巣箱は八ヶ岳自然クラブの田中盛さんたちのグループが長年八ヶ岳の森に架けたものです。八ヶ岳は戦後に人口が増えた時、開拓されて牧場が作られました。巣箱は牧場の近くにも架けられましたが、牧場から遠くの森の中にも架けられました。そこで巣材から出てきたネズミを調べたところ、牧場の近くではハタネズミが多く、遠ざかるにつれて森ネズミ(アカネズミ類)が多くなったのです。
八ヶ岳での調査結果:牧場に近い場所のフクロウの巣ではヤタネズミの割合が高かった。そこで林と牧場にネズミを捕まえるトラップ(罠)を仕掛けたら、確かに林では森ネズミ、牧場ではハタネズミが多く捕れました」
【八ヶ岳の森林と牧場でのネズミの捕獲結果】
それから、ハタネズミとアカネズミの説明をし、食べ物やそれを消化するための歯や盲腸が違うことなどを話しました。
それからいよいよ作業をしてもらうことにしました。その前にネズミの骨の勉強をしてもらいました。ネズミの骨格図を示し、主な骨に名前を言いましたが、これは子供はもちろん大人が聞いても難しく、読めそうもない漢字のものもあります。そこで覚えやすいニックネームを紹介しました。尺骨は上腕骨との関節部分が丸くえぐれているので、横から見ると人が歌を歌っているように見えるので「歌うおじさん」と呼ぶことにすると言ったらみなさん笑顔になりました。それから上腕骨は「鼻つき」、大腿骨は「先っちょ坊主」などなど、ない知恵を絞ったニックネームを紹介したら、その場の空気が和んだように感じました。
【ネズミの骨の骨格図と、特徴的な骨の名前とニックネーム(青字)】
作業に入る前に、マスクをし、ゴム手袋をした後、3つに分けたグループごとに一つの巣材からネズミの骨を取り出してもらうことにしました。そのために丼とピンセットを配り、巣材を一握り取り出して、丼の中からネズミの骨を取り出してもらいました。
みなさん、熱心に骨の取り出しをしていました。親子連れが多かったので、相談しながら作業をしていました。親子のこういう時間はあまりないのではないでしょうか。大抵の作業は「大人は上手だけど、子供はうまくいかない」ものです。ましてや「理系の分析」ですから、大きな差があると思いがちですが、ことこの骨の取り出しに限ればそういうことはありません。しかも大きい子だけでなく、小学生低学年でもうまく見つけて取り出していました。ピンセットは初めて手にしたと思いますが、すぐになれたようです。
【親子で骨の取り出(1)】
【親子で骨の取り出し(2)】
【中央に置いたのが巣材。これを丼に取り出す。】
あちこちで質問があるので、私は大忙しでした。遠慮がちな人もあったようなので、机を回りながら質問を受けたり、取り出した骨を説明したりしました。
【取り出した骨を説明する(1)】
【取り出した骨を説明する(2)】
【骨を確認する参加者と歩き回る高槻】
今年もモグラの上腕骨が出ましたが、一つの班からはそれだけでなく、右腕全体が丸ごと出てきました。またリスの骨も出てきました。
【親子で骨を取り出す】
【骨を熱心に取り出す少年】
1時間あまりで一つの班では取り出しが終わりました。そこで、一区切りをつけてスライド説明に戻りました。それは弘前大学での研究成果です。弘前のリンゴ園のフクロウはNHKの「ダーウィンが来た」で紹介されました。そのリンゴ園では高齢化のために、大きなリンゴの木は作業が大変なので、低い若い木に植え替えたところ、ネズミに木をかじられる被害が出ました。そこでネズミを殺す毒薬を使いましたが、うまくいきませんでした。そこで弘前大学の東先生たちがフクロウの巣箱を架けたところ、フクロウが住みついてネズミを食べてくれたので被害もなくなったそうです。この事例は、生物学者が自然の仕組みをよく知っていたおかげで、「敵を殺す」だけでなく、「敵の敵を取り戻すことで敵を減らす」ことでリンゴ作りを助けることができたという例です。普通は農業と自然保護は対立しがちなのですが、これはとてもいい関係になりました。
この話は小さい子には難しかったと思いますが、ただ骨を取り出すというだけでなく、その作業の背後に生き物のつながり、人と自然の共存という重要なテーマがあるということを知ってもらうために話しました。子供たちは、今はわからなくても、なんとなく心に残り、大きくなった時にわかってくれるかもしれないと思いました。
最後に感謝状を贈呈し、感想文を書いてもらいました。
【感謝状を手渡す】
展示室で記念撮影をして解散としました。
【展示室で記念撮影】
あとで感想文を読むと、みなさん楽しんでくれたようでした。
■参加者からの感想(一部)
※趣旨が違わない程度に言葉使いを変えていることをご了解ください。
【8歳 女子】
わたしは、このイベントをやる前、少しむずかしいかと思いましたが、やったらすごいむずかしいわけではありませんでした。このイベントは大人ばっかりだと思ったら子どももいたので安心しました。さいしょはきんちょうしていたけど、やりはじめたらきんちょうしまんでした。またやりたいです。
【10代 女子】
こういう、実際に骨に触れてみるのは初めてだった。楽しくて知識も増えたが、地道な作業で、見極めるのが難しいと感じた。教科書で覚えることも大事だが、触れて、見て、感覚で知っていくという大切さが分かった。骨がどこか分からなかったが、先生は見た瞬間に判断していたので、感動したのと同時にうらやましく思った。私は麻布大学に入学が決まっているので、こういう知識をどんどん増やして、少しでもリードして入学したいと思う。レポートで害獣のことについて書くが、フクロウと農家とネズミの関係を知って興味がわいた。どうしても、何かが犠牲になってしまうが、フクロウとネズミの自然界の関係を残しながら、リンゴ農家も守れるということがわかり、もっと知っていきたいと思う。
【10代 女子】
今日はフクロウとネズミと人の気持ちを知りました。森林伐採でもリング栽培でも、いい事わるい事があって、動物が関係しあって生きていっているんだなと思いました。最初はネズミの骨を取り出すと聞いてこわいと思ったけど、やってみると珍しいものもあり発見もありで楽しかったです。ネズミだけでなく、モグラの骨も見れたので、フクロウはモグラも食べるのだと驚きました。
【30代 男性】
フクロウの生態について知る機会となり、大変勉強になりました。ネズミの骨を探す作業は地味なようで、発見すると意外と嬉しく、楽しく作業を行うことができました。今回のワークショップを通じて、ハタネズミとアカネズミの違いを知ることができ、特にあごの骨格の特徴を見分けられるようになったのが新たな学びとなりました。
【30代 女性】
骨の特徴をおもしろく名付けていて見つけるのが楽しかったです。下あごの骨から歯を抜いたのがおもしろかったです。4歳の子でもピンセットを上手に使っていてびっくり。フクロウの生態や環境の関わり合いにもとても勉強になりました。
また参加したいです!
【40代 女性】
娘が来春から動物応用学科に通う事から興味を持ち参加させていただきました。生態系の事から骨の形まで、色々とおもしろく体験できました。青森でのリンゴ、フクロウ、ネズミの関係のお話が一番興味を持てました。生態系を学びそれぞれが上手く共存できるようになればいいなと思いました。
【40代 男性】
娘が2020年4月から貴校入学が決まっており、それがきっかけで本イベントを知りました。参加者には小学生が多く子ども向けの分かりやすい内容でしたが、大人が参加しても十分楽しめる工夫がされていて、とても感心しました。動物の生態について学ぶ事自体も楽しい体験でしたが、多くの子どもたちが熱心に作業して動物の生態に興味を持つ様子にさらに感心致しました。子どもの好奇心を育てるためにも是非継続・拡大して欲しい取り組みと感じました。娘が貴学で学べる機会を得たことを嬉しく思います。よろしくお願い致します。
【40代 女性】
フクロウの主なエサがネズミだということも初めて知りましたが、実際に巣の中に残された骨を探って、自分の手で発見し、専門の方にそれがどのパーツの骨かを教えていただくことができて、滅多にない貴重な機会で親子共々楽しい時間を過ごすことができました。また生き物に関わる面白い企画を催していただけたらと思います。
【40代 女性】
子どもがフクロウが大好きなので参加させていただきました。親は付添いでいいかなと思っていましたが、博物館の担当者の方より大人の参加も勧めていただき、一緒にやらせてもらい、大人も夢中になる作業で参加させていただけて良かったです。
フクロウを見に行ってかわいいかわいいだけでしたが、生態などを知ることにより、より興味が持てるのではないかと思います。また機会がありましたら友達を誘って参加したいです。ありがとうございました。
【田中 盛氏(八ヶ岳でフクロウの巣箱かけをし、材料を提供した人)60代以上】
今年で4回目の参加です。年々若い人たちの参加者が増え、この催しが小中学生の自然学習の一環として定着しつつあるようでうれしく感じます。「フクロウの保護プラス子どもたちの自然学習」の両者がセットになり、私たちの活動も一層有意義になったように感じます。この活動が今後もずっと続くようお祈り致します。
麻布大学いのちの博物館 公式twitter